不気味の谷
武智です。
最近、医療系の企画書を書く機会が多く、
調べ物をしている中で、興味深いワードに出会いました。
「不気味の谷現象」
なぜか引き付けられる響きの言葉ですね。
詳しくはキーワードで調べていただければと思うのですが、
簡単に言うと、
人に類似したもの(主にロボットで考察されることが多い)に対して、
『不気味』と感じる、普遍的な感情ポイントがある、とのこと。
高校の頃になぜか寮で大流行した漫画「寄生獣」の中でも、
そんな表現がありましたね。「作り物の顔」。
この研究の魅力的なところは、
視覚的な情報に対しての、単純な嫌悪感の推移ではなく、
それが「人為的に作られたもの」と「認識した」ことによって生じる
『生理的な人間の感情の普遍性』という点ではないかと思います。
興味深いですね。
そのあたりは専門家に任せるとして、
今日は少し違った角度から。
かなりシンプルに考えると、不気味の谷現象は「基準点の推移」ではないか、と。
ロボットとしてみるとOKだけど
人間としてみると気持ち悪い。
どちらを基準点として見るかによって、見え方が異なります。
価値観が切り替わったタイミングでは、0ではなく、マイナスからのスタートになる。
「谷」の部分にあたるわけで。
これは他の事にも当てはまるんじゃないかな?
「一般人のおもろいやつ」やけど、「芸人目指してます!」と言われたら全然笑えない、とか
「彼氏」としてはいいけど、「結婚相手」としては残念、とか。
さらに飛躍させて考えるなら、映像制作における、
「視聴者のための編集」と「プロ(同業者目線)のこだわり」の谷。
前者のみを意識した場合、見やすいけど面白くない。
後者のみの場合は、自己満足のアート作品でしかない。
前者に”適量の”後者を取り入れることで、クオリティが増していく。(不気味の谷の”山”部分)
ただし、後者の”量を誤る”と、その先には、、、
「なんか、スタッフのドヤ感が見えすぎて嫌!」
という、視聴者の嫌悪感が待っている。(不気味の谷の”谷”部分)
そう、制作で目指すべきところは、
『不気味の”崖っぷち”』
かもしれません。
難しいですが、バランスを保てるよう、両方の基準点を常に意識することが大事ですね。
クライアント、制作、カスタマー、、いろいろな目線での「不気味の谷現象」を意識すると
また違った見え方ができるのだろうな、とか考えた今日この頃。
コメント